きびのたび -真備(2)-
2016年 12月 25日
(前回からの続き)
...なぜこれだけ歩いているのに目的地に辿り着かない?
そうおもった私は、スマートフォンを取り出し、GPSで現在の位置を確認したのです。
するとおそろしいことに、大きく位置がずれていたのです!
な、なんで?
悩んでも仕方ない。
まずは正しい道と分かるところまで引き返し、体勢を立て直す。

...おわかりでしょうか。
ワタシは、最初にこの看板に辿り着いた時にこう考えていました。
しかし、もう一度写真に柿色で丸を示した部分を見て頂きましょう。
そう、ここは「右に折れて」進んで行くべきトコロではなかったのです。
ここは、「すぐ先のの右折ポイントまで直進したのち、右に折れて」進んで行くべきトコロだったのです。
っつーか、後から地図で調べてみると、目的地まで500mって書いてあるのに、1kmほど歩いてから気づいた模様。
復路も合わせると2kmの無駄骨...。
いや、金田一さん、ごもっともです。
注意力散漫というのがいかに恐ろしいものか、この事件を通じて思い知りましたよ。
(↑、事件なんて言うほどのもんかい)
先に進みましょう。

最近ではひなびた観光地ぐらいでしかお目にかからなくなってきた「顔出し看板」に遭遇。
いやしかし、長らく国内勢には「観光名所にある、いささか野暮ったいモノ」というイメージがつきものの「顔出し看板」一族だったわけですが、海外観光客の増加に伴い「ニッポン的ナ観光SPOTに欠カセナイ、オリエンタルなOBJECT]として最近は見直されているようです。
この看板もかなり新しい感じがするな。
それはともかくこの顔出し看板、酒屋さんの前に置かれているわけですが、なぜこんなトコロに?
これは本陣殺人事件を詳細に読んでいないとわからないようです。
そして看板の絵には金田一耕助の背後に、帽子を目深にかぶり、マスクをした三本指の男が!
うん、これはなかなか芸が細かい。
マニアックさというのは、こういう場合にやりとしてしまうものです。

またしばらく行くと、小さなほこらが。
江戸時代に藩家老の奥方が旅先で病気になった際、滞在先の茶店の老婆の親切でその土地の神社に祈願をして病気が治ったので、帰国後にほこらを建ててその神社の神様を勧請したものが、これなんだとか。
なので本来はその勧請した神様の名前がつくべきなんだけど、混乱したのか何なのか、茶店の老婆のあだ名がついてしまったらしく、この地の人々は「濃茶のばあさんのほこら」として祀ってきたそうな。
ん?濃茶のばあさん?
ほこらまでたてて貰うような親切な人を、あんなおどろおどろしい予言をする(しかも少々困った癖もある)人物のモデルにするとか...横溝センセ、あの世でずいぶんと叱られたんじゃないでしょうかね。

そして目的地、横溝正史疎開宅に到着。
3日前から歩き通しの状態で、さらに道を間違えての無駄歩きで、もうクタクタになっての訪問だったんですが、なんと、ボランティア(ですよね?)のおじさまがお茶を出してくれました。
ううむ、岡山のお茶は心と体に染み渡るぅ。
ちなみに疎開宅では横溝正史の羽織や、石坂浩二さんたちが訪れたときの写真、映画のポスターやオリジナルの作品(金田一耕助をイメージしたという手ぬぐいが秀逸!一点物なのか非売品というのがもったいない...)などなど、興味深いものが多々あります。
そして、こんな仕掛けも。

ふふふふ。
他愛の無いと言えば他愛の無い仕掛けなんですが、横溝作品のイメージにピッタリとハマっている感じで、なんかこう、嬉しくなってしまいますね。
Written by ぢぇみに
...なぜこれだけ歩いているのに目的地に辿り着かない?
そうおもった私は、スマートフォンを取り出し、GPSで現在の位置を確認したのです。
するとおそろしいことに、大きく位置がずれていたのです!
な、なんで?
悩んでも仕方ない。
まずは正しい道と分かるところまで引き返し、体勢を立て直す。
!

...おわかりでしょうか。
ワタシは、最初にこの看板に辿り着いた時にこう考えていました。
それはともかく、案内板があるのはうれしいね。
ここを、右に折れて進んで行けば良いわけか。
ここを、右に折れて進んで行けば良いわけか。
しかし、もう一度写真に柿色で丸を示した部分を見て頂きましょう。
そう、ここは「右に折れて」進んで行くべきトコロではなかったのです。
ここは、「すぐ先のの右折ポイントまで直進したのち、右に折れて」進んで行くべきトコロだったのです。
っつーか、後から地図で調べてみると、目的地まで500mって書いてあるのに、1kmほど歩いてから気づいた模様。
復路も合わせると2kmの無駄骨...。
「警部さん、私がいまお眼にかけた種明かし、あれはなんでもないことなんですよ。たいていの手品の種明かしというものは、分かって見ればああいうふうに、あっけない、むしろ子供編しみたいなものです。」
(横溝正史「本陣殺人事件」)
いや、金田一さん、ごもっともです。
注意力散漫というのがいかに恐ろしいものか、この事件を通じて思い知りましたよ。
(↑、事件なんて言うほどのもんかい)
先に進みましょう。

最近ではひなびた観光地ぐらいでしかお目にかからなくなってきた「顔出し看板」に遭遇。
いやしかし、長らく国内勢には「観光名所にある、いささか野暮ったいモノ」というイメージがつきものの「顔出し看板」一族だったわけですが、海外観光客の増加に伴い「ニッポン的ナ観光SPOTに欠カセナイ、オリエンタルなOBJECT]として最近は見直されているようです。
この看板もかなり新しい感じがするな。
それはともかくこの顔出し看板、酒屋さんの前に置かれているわけですが、なぜこんなトコロに?
これは本陣殺人事件を詳細に読んでいないとわからないようです。
さて、役場の真向かいには、土間の広い、表に粗末な飾り窓のついた家があるが、この家はもと、馬方などが立ち寄って一杯やる一膳飯屋になっていた。そしてこの家こそ、一柳家の殺人事件に重大関係を持つ、あの不思議な三本指の男が、最初に足をとめたところなのである。
という文章につながるそうで、つまり、岡田村役場跡地の向かいにあるんですね。(横溝正史「本陣殺人事件」)
そして看板の絵には金田一耕助の背後に、帽子を目深にかぶり、マスクをした三本指の男が!
うん、これはなかなか芸が細かい。
マニアックさというのは、こういう場合にやりとしてしまうものです。

江戸時代に藩家老の奥方が旅先で病気になった際、滞在先の茶店の老婆の親切でその土地の神社に祈願をして病気が治ったので、帰国後にほこらを建ててその神社の神様を勧請したものが、これなんだとか。
なので本来はその勧請した神様の名前がつくべきなんだけど、混乱したのか何なのか、茶店の老婆のあだ名がついてしまったらしく、この地の人々は「濃茶のばあさんのほこら」として祀ってきたそうな。
ん?濃茶のばあさん?
「来るな、来るな、かえれ、かえれ。八つ墓明神はお怒りじゃ。おまえが来ると村はまた血でけがれるぞ。八つ墓明神は八つのいけにえを求めてござる。おのれ、おのれ、来るなというに……おまえはおまえの爺がなぜ死んだか知っているのか。あれが一番目のいけにえじゃぞ。それから二つ、三つ、四つ、五つ……いまに八人の死人が出るのじゃ。
の、濃茶の尼(妙蓮尼)が思い出されますが、いや、その、まさにその濃茶の尼のモデルなんだそうです。(横溝正史「八つ墓村」)
ほこらまでたてて貰うような親切な人を、あんなおどろおどろしい予言をする(しかも少々困った癖もある)人物のモデルにするとか...横溝センセ、あの世でずいぶんと叱られたんじゃないでしょうかね。

3日前から歩き通しの状態で、さらに道を間違えての無駄歩きで、もうクタクタになっての訪問だったんですが、なんと、ボランティア(ですよね?)のおじさまがお茶を出してくれました。
ううむ、岡山のお茶は心と体に染み渡るぅ。
ちなみに疎開宅では横溝正史の羽織や、石坂浩二さんたちが訪れたときの写真、映画のポスターやオリジナルの作品(金田一耕助をイメージしたという手ぬぐいが秀逸!一点物なのか非売品というのがもったいない...)などなど、興味深いものが多々あります。
そして、こんな仕掛けも。

ふふふふ。
他愛の無いと言えば他愛の無い仕掛けなんですが、横溝作品のイメージにピッタリとハマっている感じで、なんかこう、嬉しくなってしまいますね。
Written by ぢぇみに
そこに「横溝注意」の看板はなかったのですね。
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by jemini-web
| 2016-12-25 23:19
| ▼ 路傍観察レポート
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Comments(2)












